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今日は、年末なのもあって親戚の家を訪ねる事になった。

親戚付き合いなど今までは殆ど無かったような家だったが、ぼくの祖母が亡くなってからもう六年になろうとしている。関係の悪い親戚であろうと集まらざるを得ない状況といったわけだ。

不謹慎かもしれないが、ぼくは恐らく学校があるので七回忌には出席出来ないだろう。普段出不精のぼくだが、流石に七回忌も出ずにこういう集まりにすら出ないというのも気まずいものがある。

ぼくの母方の家系は男が二人、女が六人と非常に比率が女に寄っていた。

その内の男兄弟二人(ぼくから見れば叔父)も結局は子供を作る事は無かったので、ぼくが生まれる前に亡くなった祖父はずっとその事を案じていたと言う。

祖父は聡明な人間だったが、話を聞く限りどうにも堅すぎた。そして、目立ちたがり屋だった。

老いゆく人間は一線を退き、後世を作る人間に託すべきであると、理解していなかったのだ。

いつまでも家庭の主人公であった祖父の死の後、一度家族は散り散りになった、祖母が亡くなり、もはや家族は形骸化した。

それにしても、ぼくの父が婿養子に入る事がなかったとしたら、母方の名前を継ぐ物は誰もいなかった事になる。そして、数十年後にはこの家系で母方の名前を持つ最後の一人になるのかもしれない。

ぼくには兄弟はいないし、親戚が皆このような具合なので、期待がかかる。やれ社長だの、科学者だの、祀り上げられる。気分はいいものじゃない。だから、親戚などとはなるべく鉢合わせる事を避けたかった。

失礼な話だが、祖父や祖母などが存命であったらさぞ可愛がられていた事だろう。申し訳無い気持ちになるのがおちだが。

親戚の家に入ると、お年玉が渡された。親戚にもなんだかんだで子供は多いので、ぼくの母が払ったお年玉の総額を考えるとどっこいどっこいになるだろう。

叔母の夫の実家は豪邸だった。交通の便が悪いとは言え、これだけ大きい家には関心する。

何を話していたのかはよく覚えていない。自分から話しかける事はなく、言われた事に受け答えするだけだった、ただでさえ仲の悪い母親のきょうだいなのだから、表面上は普通に付き合っているように見えても、どうせなんらかの考えがあるのだろうと思うとやるせない気持ちになる。

祖父母の死に関しては何かとトラブルが多い。三女が祖母の残した資産を勝手に持ちだしたり、墓の費用を誰も払おうとしなかったり、親戚間の仲の悪さは金銭面に特に現れている。

 

ストーブの石油が足りなくなったと言われて、叔父とガソリンスタンドに買いに行く事になった。

この家族は男が少ないので、力がそこそこあると思われるぼくも行く事になったのだろう、叔父は寡黙な人で、自分から意見を言う人間ではない。もう60にもなるし、未だに兄と二人暮らしをしている辺り、この先結婚をする事も無いのだろう。子供を残せる年齢でもない。

長男がこの様子だから、この家はこうなってしまったのだ。生前の祖父は、そう言っていたと母から聞いた。

 

階段で石油を運ぶことになる。最近、妙に体力が落ちた事を実感する。

腕は数年前に比べて随分細くなった。腹や尻などの中途半端な肉は落ちないが、手足だけが病人のように細くなっていく。

片手で持とうとすると、腕が石油の箱に引っ張られる。バランスを崩し、箱を地面に置く事でバランスを取り戻す。

両手を使えばどうという事はなかった。少し持ち辛いので、不愉快だった。叔父は二人で持つ事を提案してきたが、石油は二つあるので、流石に一人ずつ持った方が速いと思った。

昔出来た事が出来なくなるというのは、妙な喪失感がある。自分が老いれば、往々にして直面する事であると思うと嫌になる。

ぼくは用事があると言って先に電車で家に帰った。空気がどうにも合わなかった。

電車から見る風景は窮屈な広場と違って人間味に満ちていた。数日前までクリスマスムードだったのに、いかにも新年といった雰囲気だ。

代わり映えのしない日常にとって、毎日のように移り変わる都会の喧噪は忘れていた事を思い出させてくれる。ぼくは人の多い場所は嫌いだが、別に雑踏が嫌いなわけではないのだ。