読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

11

ぼくは、明日を考えていた。

ぼくは、遠い未来を考えていた。

明日のことは、強引に間に合わせるのが得意だった。

間に合わないということが殆どなかったので、そういうくだらない面では自分に妙な自信もあった。

幼稚園の頃から、20年後や、30年後の事をずっと考え続けてきた。

今の事よりも、遠い未来の事を考えていた。将来のぼくは何をしているのだろう、フリーターになっているだろうか、それとも災害や事故でこの世にはいないのだろうか。よく物事がわからなかった時は、そんな暗い事ばかり考えていた気がする。

だから、子供の頃のぼくは暗かった。今の自分以上に自分を卑下していた。

これのそもそもの原因を決めつけることはできないが、基本的に幼稚園の頃から人との関わりを避けて、家には無い将来について延々と話し続けているような老人だらけだったからなのかもしれない。

老人が多かった事もあって、確かに裕福だったが、人が喧嘩していない事の方が少なかった。一番の友人は飼っていた二匹の犬だった。

みんなは宇宙飛行士とか、総理大臣とか、スポーツ選手とか、たいそうな夢を持っていたが、中途半端な知恵だけがあったぼくはそんな物になれる人間など極僅かな事は知っていたし、驕ることへの羞恥心を抱き始めていたので、なるべく自分の出来る範囲で考えていた。

楽な会社員になりたい、楽な仕事につきたい、なんとかして働かないでお金を稼ぐ方法はないんだろうか。ずっと考えていた。

小学生になって、様々な書籍やメディアに触れてそれなりに物事を理解すると、無能なりに多少の勝手がわかってきたので、今までとは違って知識の上で、将来について考え始めた。無能でも偉い人にはなれる事を知ったので、少しは将来に対する希望も湧いてきた。

だから、ぼくはみんなが目指していた「特別な人」にはなれなくても、なんとかして偉い人になろうと思ったし、それを目指してこれからは生きていこうと思った。

でも、その中間を考えなかったのが、よくなかったな。

高校生のぼくの事なんて昔のぼくは考えていなかった。周りに高校生がいなかったので、そのイメージは老人や、社会人よりよっぽど遠く思えたし、想像もつかなかった。

だけど、なんとなく自信はあった。生きてさえいれば、そこそこまともな高校生になれているだろうと。

だが、今のぼくはなんだ。

昔のぼくはきっと今のぼくをばかにするだろう。

なんとなく中学受験をして、なんとなくそのまま高校へ進んで、自分に人生に誇りも、希望もない。そんなのは、本当に自分の目指していたものなのだろうか。

自分を卑下していたぼくですら、今のぼくはあまりにも愚かな人間に見えるはずだ。

いくら未来に対する素晴らしい構想を抱いていても、その過程がダメで、くたばってしまった時の事なんて何も考えていなかった。

そもそも、20年後なんて考えてどうにかなるもんじゃなかったんだ。この先どうなるかなんて、分かるはずがない。

だから、ぼくは自分の数年後についてだけを考える。もう何も考えたくはないのに、何かを考えなければ気が済まない。