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この学校はクソだ。

大学受験における集団意識の強要が、ここまで醜いとは思わなかった。

どうして、どうしてぼくはこんな高校に入ってしまったのか、何度も自分に問いかけ続けて来た。そして、その度に小学生のぼくが入る附属中学の上にある高校の選抜コースの事など、中学ですら十分な説明が為されなかったのだから知る由もないと言い訳してきた。

巡り合わせが悪かったのだろう。悪いのは誰でもない、誰でもない。そう思わなければ、やっていられないし、やってこれなかった。

だが、今まで持ってきた、自分を騙す為の、紙風船のように脆い器が、受験という実体によってはち切れそうになる。一年の頃は皆まだ余裕があった、まだ始まったばかりで、新鮮だった。何も見えないけれども、時間、可能性という、根拠のない自身を補強する武器がある、そういう自覚があった。

ああ、可能性とは何とも無責任で、卑怯な物だろうか!

散々青年に対し、希望を餌に手招きした挙句、青年が最も絶望の沼に近付く瞬間に急にどこかへ姿を消してしまうのである。

 

二年生になってから学校を休む事も増えた。今もそう変わったものではないが明日が学校だと思うといつも憂鬱になっていた。

そうだ、二年生の5月の頃にはもうとっくに精神は疲弊していた。周りは相変わらず、あの担任の方針に付き従うだけだった。自分と違い、周りはなんと希望に満ちた顔で歩いているのであろうか。彼らは、ぼくよりずっと彼らの方が望む希望からは遠のいているというのに。

つまらない茶番と、当時の家庭の不和が重なり、気力がなくなった。何もしない事が増えた。

成績は不思議と上がっていた。勉学を疎かにしても、国語が補正項として働く。そして、どれだけ成績を取っても、担任に煽られるだけであって結局のところそれ以上の物はなかった。むしろ、成績の低い者が担任に励まされる場面ばかりを見ていた。湧いてくるのは、渇いた笑いだけだった。

担任にはその時期、どうやら随分と勉学に励んでいると思われていたようだった。そこまで打ち込む必要はないとも言われたが、実際の所何もしていなかった。息切れするとも言われた。ぼくは息をするだけで精一杯なのに、このクラスの息苦しさを、変える判断を下せるのは、君一人じゃあないかと、つまらない事を思った。

 

心の拠り所はない、最初から求めてもいなかったし、仮に現実にそういう人物がいたとしても打ち明ける事も出来なかっただろう。ぼくは生来、そういう人間ではない。

精々ぼくに出来る抵抗は、サブカルチャーに縋り、布団の上で希望に満ちた未来への妄想を広げる程度のものであった。

 

思えば中学時代に比べれば随分人間関係に関しては改善したし、他人とのコミュニケーション能力も向上したと思う。

ぼくの中学時代を見ていた人間ならきっと分かると思うが、中学時代のぼくは全く友人がいなかったし、スカイプですら人と話すと最初は緊張で吃ってしまうほどだった。

今は誰とでもそれなりに話せる、なんとなく場を持たせる事が出来る。

男子校六年という特性上、女性と話すのは多少難しいかもしれないが、恐らく女性のいる環境に短期間いるだけで改善する物だとは思う(それが交際関係に繋がるかはまた別の話である)。

そういう意味で、大きな成長をした。高校のクラスメイトとも、誤魔化し誤魔化しに会話を交わせるようになった。学校において大半を占める憂鬱な気分の時間でも、無理に明るい雰囲気を取り繕う事が出来るようになった。

中学時代のぼくを知る人間からは、明るくなったと良く言われた、中学時代のぼくを知らない人間からは、愉快な人間だとも言われた。

だから、決してぼくが今苦しんでいるのは、人間関係によるものではない。それでも、三年になった今、クラスの雰囲気の圧迫感が、余計に辛くて仕方がない。

このクラスの特定の誰かが悪いわけでもないし、きっとみんな悪い人間ではないのだと思う。現行の制度に何の反抗も示さず、希望に満ちていた頃の雰囲気を引きずり、中途半端な不満が立ち込めているこの環境に、ぼくが耐えられないだけなのだ。

この最終学年になってから数人この環境に異を唱える人間が出てきた。話を聞けば、受験は団体戦、このクラスのモチベーションを壊すような事をするな、協調性を大切にしろ、ああ、過去にぼくが担任に異を唱えた時と同じ文字列が、並んでいる。

 

彼らの話はぼくに少しの勇気を与えた、それと同時に、やはりこういうものだなあと思わせた。

学校を辞めたい、高卒認定の制度を何度も調べた。どこかの高校へ転入はできないか。何度思った事か。

担任は完全に歯車が回っていると思っている。保護者会でも、このクラスは最高のクラスだと、自信と希望に満ちた顔で言ったという。

それにしても、彼も年齢が年齢である。ぼくの世代で引退すると言っていた。長らく伝統のように続いてきた担任の意に沿わない青年達への、あの寂蒔の悲哀の伝染が再来する事は無いと思うと、少しほっとする。

 

駄文を書いてしまった、読み返しても何を言いたいのか分からない。高校を辞めたいというだけの事を詳細に述べるのにここまでの文字数が必要だとは思わなかった、この環境に対する複雑な環境を文章にするにはこれを書き殴るのに要した三十分と数分では足りなかった。

それでも、戒めとして、記録として、誰にも届くはずのなかった寂蒔の悲哀を、インターネットの海にそっと置く。

ぼくが、自分の高校に対する不満について文章にする事は、これが最後になるだろう。

大学に入っても、仮に浪人しても、何かの事情により就職したとしても、高校の事は闇に葬るのだ。もう、いっぱいいっぱいだ。