読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

7

世界には、どうしてここまで物事を楽観的に見ることの出来る人間が多いのだろうか。正当化出来る人間が多いのだろうか。

自分のことを正当化出来る人間が嫌いだ。

客観的に見て、明らかに自分に非があったり、矛盾点があるというのに、自分を正当化するなどという事がどうして出来るのだろう。

その神経がぼくには理解出来ない、自分でその非や矛盾点に気付かないほどに愚かなのか?それとも気付いていても見て見ぬフリをして、電子の盾を掲げ続けているのだろうか。だとしたら、それはあまりにもばかげている。

自分に理由のない自信がある人間も嫌いだ。

どこからその自信が出てくるのか不思議でならない。数字によって示された圧倒的な実力があるのならばともかく、何の結果や実績も残していないのに、一体何が彼らを支えているのだろうか。

何の証拠があって、自分の未来を楽観視できるのだろうか。

たいへんぼくはこれらを嫌っているが、結局はそうでもないと社会はやっていけないのだと思う。

仮に将来に対する絶望的な光景が見えていても、目を逸らせば何も見えないし、その均衡が崩れるまでは生き延びる事ができる。

反対に、下手に考えてしまうほど生きづらいことはない。

ひとたび未来に絶望視すると、何の活力も湧いてこなくなる。例えそれが確実なものであればあるほど、目を逸らした方がよっぽど幸せだ。

そんな人間ばかりになってしまったら、間違いなく国は崩壊してしまうだろう。

だから、何の理屈もなしに自分を正当化する力というものは重要なのだと思う。

そして、ぼくはこの力があまりにも足りなかった。